bergです。この度は2024年10月5日(土)に慶応義塾大学 矢上キャンパス(理工学部)にて開催された「新触媒・新反応・新機能材料」のご講演を聴講してきました。この記事では会の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。
演題と概要は以下の通りです。
演者:侯 召民(Hou, Zhaomin) 教授(理化学研究所環境資源科学研究センター 副センター長)題目: Strategies and Tactics in Diversity Oriented Total Synthesis
https://www.csrs.riken.jp/jp/labs/acrg/index.html
場所: 慶応義塾大学 矢上キャンパス(理工学部)
日時: 22024年10月5日(土)15:00-16:30
詳細: https://chem.keio.ac.jp/topics/report/lab07/20240918-4292/
侯先生は中心金属としてランタノイドをはじめとする希土類元素を有する有機遷移金属錯体の創生と、それを用いた高分子合成・有機合成反応の開発など、数々の先駆的な業績を残されています(→過去記事:第23回「化学結合の自在切断 ・自在構築を夢見て」侯 召民 教授)。
講演ではまず、多くの有機系研究者にとってあまり馴染みのない希土類元素の化学からご紹介いただきました。ランタノイド中心の特徴としては、①+III価の酸化数をとりやすい、②酸化的付加・還元的脱離反応を起こしにくい、③高いOxophylicity、④強いLewis酸性、⑤ランタノイド収縮(逆に前周期ランタノイド元素ではイオン半径が大きい)、⑥18電子則に従わない、などのユニークな特徴があり、たとえば⑤と⑥の性質から、Ln錯体は12配位(!)などの驚異的な配位数をとりうるなど、特異な挙動を示します。
また、錯体中の炭素-金属結合の特徴としては、①高いnucleophilicity、②オレフィン挿入を起こしやすい、③強い塩基性(脱プロトン化機構でのC-H結合活性化を起こしやすい)、④空気、湿気で容易に失活する、などの性質を示します。
このような有用な反応性を持ち、触媒としての高い活性や選択性が期待される有機ランタノイド錯体ですが、あまりに酸化されやすいことから研究はあまり進んでいなかったとのことです。古くはJ. Wilkinsonらが様々なメタロセンを合成する過程でランタノイドを中心金属とする錯体についても合成されましたが、18電子則を超えて配位が進行することから、不溶性のポリマー状錯体が得られたのみで、その性質については詳しく調べられていませんでした。1980年代に入ってようやく、Evansらがかさ高いCp*配位子を用いて錯形成を制御し、単核錯体として単離に成功します。こうして得られたLn錯体にオレフィンを作用させると挿入過程を経て容易に重合が進行し、また、中心金属にSmを用いるとラジカル機構で同様の重合が進行します。しかしながら、ブタジエンやスチレンなどの共役オレフィンをでは安定な錯体が生じてしまい、重合反応が進行しないため基質に適用できないという課題がありました。
そこで侯先生はシクロペンタジエン配位子を改良することでアルキル基を2つ有するハーフサンドイッチ型錯体を調製し、これにトリチルカチオンを作用させることでカチオン錯体を生成、オレフィン重合やC-H活性化の触媒とする手法を確立しました。特に中心金属にScを用いることで種々の精密重合への展開に成功し、立体障害の大きなアミジナート配位子ではプロピレンの3,4-位でアイソタクチック選択的重合、立体障害の小さなPNP型のピンサー配位子では1,4-位でアイソタクチック選択的重合を達成しています。
さらに、長年反応開発の障害となっていたランタノイドの高いoxophilicityを逆手に取り、酸素を含む官能基を配向基として利用可能であることも見出しました。従来o-アニスプロピレンのようなオレフィンは重合活性がエチレンよりはるかに低く、共重合させることが困難でしたが、最適化により選択的な交互共重合を達成したとのことです。こうして得られたポリマーは結晶性部位を適度な割合で含むために切断しても可逆的に固着する自己修復性や形状記憶性などの優れた物性を持ち、産業上の活用に向けて応用が進められています。
侯先生のグループではこれらの触媒を高分子合成のみならず、不斉合成へも展開されています。C-H活性化と続くオレフィン挿入反応がコレラ触媒系の特色ですが、分子内反応が利用可能な基質において、Ln触媒では例外的にexo-選択的に環化が進行するため、4級炭素を構築できます。シクロペンタジエン配位子の代わりに軸不斉を有するインデン系配位子を用いることで立体選択的な環化反応が達成されているとのことです。
このほかにも、近年ではランタノイドのヒドリド錯体がベンゼン環の炭素-炭素結合すらも切断できることに着目した窒素固定にもご研究を展開されているなど、侯先生のご業績には目を見張るものがあります。今後の研究が楽しみな限りです。
講演中に侯先生は多くの小噺を披露してくださりましたが、その中でも最も印象に残ったのが、「有機系の学生の卒論発表では所望の目的物が得られずポリマー状となってしまった場合にそれ以上深く掘り下げないことが多いが、高分子科学の研究者にとってはそのような意図しない反応はむしろ宝の山だ」というエピソードでした。たしかに、白川秀樹先生のポリアセチレンの合成をはじめ、失敗を深く探求した結果思いもよらぬ成果が得られることは歴史上枚挙に暇がありませんが、実際に研究を進めていると目の前の目標を追いかけるばかりに気に留めないことが多いものです。「失敗は成功の基」の格言を胸に止めておかねば、という思いを新たにすることができました。
民間企業に就職して以来このような最先端の研究に触れる機会がめっきり減ってしまっていたので、今回の講演会は非常に刺激的で新鮮で、あっという間の90分でした。